LOGINシエラとの話し合いを終えた俺は夕飯を取っていた。 路上生活の記憶からか、何を食べても美味い。王子としては意地汚いかもしれないが、いつも完食してしまう。「そういや、リィナに呼び出されていたんだっけ……」 本日はまだ用事があった。それもあまり良くない話。フィオナとの口づけがリィナにバレてしまったみたいなんだ。「遅かれ早かれだな……」 弁明とか憂鬱な気分になってしまうが、身から出た錆である。 フィオナに押し切られた格好であったけれど、俺は彼女の気持ちに応えてしまったんだ。 リィナとの待ち合わせは魔道殿の裏手だった。幸いにも月明かりがあったおかげで、迷うことはない。「殿下!」 俺は声をかけられていた。どうやらリィナは既に到着していたらしい。 駆け寄ってくる彼女は昼間の鍛錬疲れもまるで残っていない感じだ。「ああ、リィナ。えっと、その……」 俺が目を泳がせていると、先にリィナが口を開く。「殿下、聞きたいことがあるのです」 やっぱり。誰にも見られていないはずだが、もしかするとロッカールームに隠れていたことは全員が気付いていたのかもしれない。 ところが、リィナは俺の予想と異なる話を始める。「また私の知らない誰かになるおつもりですか?」 んん? 知らない誰かになるって? 俺は記憶を掘り返していた。 このところ色々なことがあったので整理する必要がある。 リィナが気にするようなことで、俺が誰かになるって話は……?「ミリアに聞いたのか?」 恐らくミリアに加護をくれと頼んだ話だろう。 リィナは俺がミリアになってしまうのではないかと危惧しているはずだ。「ええ、まあ。相談を受けました。けれど、私は反対です。殿下は今のままでよろしいかと……」 ミリアの加護を手に入れるのはリィナのため。そして俺のためでもある。 魔力を循環させる魔管を錬成できたのなら、魔力循環不全は治癒する可能性があったんだ。
「二年後までリィナは生きていないじゃないか……?」 アークライトの存在は俺が十七歳でディヴィニタス・アルマを唱える世界線に戻そうとするらしい。その結果はリィナを見殺しにする世界線だった。「分かったでしょ? アレは残しておくと、ろくな影響を与えない。そもそも私たちは祝福の儀まで世界の改変なんて考えもしていません。アークライトが及ぼす悪影響など計算していませんでしたの」 まあ、そうだろうな。 祝福の儀で俺は死を予告されていた。どうしてかシエラが魅入ってしまい、全てが瓦解したのだ。女神たちが世界の安寧を願って創り上げたその世界は、今や前世界線である。「今のままではルカは雌ネコちゃんを救えなくなるわ。ルカは十七歳まで生きてしまうからね。もし仮に雌ネコちゃんが死の淵にあったとして、貴方はその場にいない。運命の導きによって、ルカはあの娘の死に際に立ち会えなくなるでしょう」「いや、アークライトはそのうちに死ぬだろう? もう帝都が陥落しているんだし、あいつは前線基地にいる」「アレは輪廻する魂ではないと言ったでしょう? 女神が創り上げた偽物の運命は世界の改変を最小限しか受けておりませんの。アレは十八歳にて戦死と予め定められております。それが現在から数えて何年後なのか分かるでしょう?」 現状のアークライトは十六歳だ。つまり、あと二年も死なないらしい。 つまるところ、俺もまた二年生きることになり、リィナの死に目に立ち会えないという。 改変の影響でリィナは寿命が短くなったというのに、アークライトだけは定められた運命を全うするとか納得できない。「嘘だろ? あと二年もアークライトは生きる運命なのか?」「第一王子ですわよ? 戦場から逃げ出すなんて簡単な事ですの。運命の日が来るまでアレは生き続けるでしょう」 何てことだ。それじゃあ遅すぎる。 アークライトが生きている限り、俺が司令官になるのは難しい。また、そうなると魔国の侵略に対抗できなくなってしまう。「どうやって殺す……?」 俺は意見を変えていた。 勝手に失われないのであれば、シエラの考えに乗るだけだ。 リィナを救えなくなるというのなら。加えて世界が滅びるというのならば。「フィンを利用しましょう」 ここで再びフィンの名が告げられている。どうあっても、彼の力が必要みたいだな。「【過去と未来
「アレは三柱協定の残骸だもの……」 三柱協定って、あれか? ネルヴァとセラ様がシエラに願ったとかいう……。「そもそも勇者を南部の農耕貴族に宛がうなんておかしいでしょ? ネルヴァは本来なら、シルヴェスタ王国第一王子のポストに勇者を据えようと考えていたのよ。その方が動きやすいからですわ」 やはり三柱協定とは俺の死を前提とした世界救済案のことみたいだ。 協定を結んだネルヴァだが、どうしてか第一王子のポストに勇者を割り当てなかったらしい。「勇者が動きやすくなる? じゃあ、どうしてグリンウィードという片田舎に配置したんだ?」「それが三柱協定の結論ですの。私たちは望む未来に到達するため、色々と模索したのですわ。けれども、協定に沿う運命は簡単に構築できなかった。加えて強大な使徒の配置は世界を歪ませぬようにしなければなりません。魂の重みが一般とは異なるのです。偏った配置は世界を歪ませ、生じた混沌によって世界が穢れてしまうのですわ」 どうやら運命を操作するのも簡単じゃないらしい。 女神たちは試行錯誤の上に現状の世界を創り上げたってことかもしれない。「配置を北と南に分けることで、世界は安定しました。ですが、協定の肝であるディヴィニタス・アルマの使用が難しくなったのです。遠縁でもないリィナを救うこと。無理矢理に当て嵌めた結果は再び世界を歪めることになりましたの」 世界ってのは意外と脆いものなんだな。 俺とリィナが出会わなければいけない。その結果から逆算して構築しようとするのだから、どこかに負担がかかってしまうのかもしれない。「試行錯誤しましたの。けれど、思いのほか簡単に解決しました。空いた第一王子のポストに入ったマルシェの使徒を第二王子とすることで……」 えっと、よく分かんないな。 シエラが話す内容が事実だとすれば、元々シルヴェスタ王国に王子は一人しかいなかったってことか?「シリウスしか王子がいなかった?」「その通りですの。しかし、シリウスの重みでは北と南に配置された重みを相殺できなかった。北と南から、のしかかる圧力が中央に集中したの
「フィンこそが時空術士ですの」 先ほどから難解すぎて、俺の頭はパンクしそうだ。 使徒はコーネルであるけれど、時空術士はフィンなのだという。「それって可能なのか? 使徒以外に固有ジョブだなんて……」「神力次第ですわね。あと固有スキルは使用者を選ぶのですわ。コーネルは白の使徒として最低限。授かったとして固有スキルの適性はありません。つまり使徒に与えるべき神力を余らせたニルスは駒として使うフィンに全てを注いだみたいですの」 確かにディヴィニタス・アルマは俺にしか使えないと聞いている。 フィンならば異世界線にてニルス様の使徒をしているし、彼ならば時空術士を使いこなせるはずだ。「駄女神が付随することなく、固有ジョブを奪うチャンスですの。私はフィンを捜し出すべきだと考えますわ」 駄女神はお前だと言いたいところだが、確かに時空術士のスキルは他を圧倒する。 魔王の時間をも操れるスキル。あるのとないのでは難易度がまるで変わってしまうはずだ。「でも、お前が介入できるのは三ヶ月後なんだろ?」「いえ、三ヶ月後にはもう一人分くらいは貯まるだろうという話ですの。雌ネコともう一人介入できるという話ですわ」「三人分だとどれくらいかかる?」「大凡、一年後かと存じますの」 一年待てば三人分。しかし、それは遅すぎた。 リィナは一年持たないことが確定している。ならば、俺はミリアかフィンのどちらかを選ばねばならなかった。「フィンの居場所は分かるか?」「女神とて万能じゃありません。紐付けされていない人間の行動まで把握できませんの。まあでも、あの男の行方は既にニルスでさえも追い切れていないことでしょう」 固有スキルを授けたニルス様でも分からないだって? そんな馬鹿な話があるってのかよ?「どうして追い切れていない?」「考えてもみなさい。フィンがルカの身分証を奪った世界線から現在は大きく様変わりしております。加えて、世界線が切り替わる前にフィンは犯罪者となったのです。改変を受けた世界線において、フィ
「アークライトを殺しなさい」 えっと、マジで言ってんの? てか、貴方は女神様ですよね? 現状の兄であるアークライトを殺せとか無茶言うんじゃねぇよ。「待て。アークライトはそのうち討ち死にすると思う。急がなきゃいけない話か?」「早いほうが整合性を保ちやすい。ルカが王子のままでいられる可能性は高まるでしょう」「かといってな、俺は兄殺しの異名なんか欲しくないぞ?」「アークライトが存在すればルカが切り捨てられるだけ。それどころか女性になってしまう可能性まであるわ」 まあ、それな。 どう考えても無理がある。男が女性の運命を背負うなんて、改変事案だらけなんだ。「それでも俺はミリアを育てるのは不可能だと思う。リィナを救うためならば、俺は女にでもなってやるよ」 ヒロイン総取りエンドから百合エンドになったとして、俺はリィナを救う。彼女の笑顔が最後に残れば、俺はそれで良かった。「私だって女でも構わないわ。同じ魂であるのだし」 そういや女神は人を魂で見ているんだったな。美の女神イリアは俺を女性にしようとしていたくらいだし。「じゃあさ、ミリアはやはり世界から切り離されるのか? 親も友達も失ってしまう?」 思い出されるのはシリウスの境遇だった。 俺に運命を奪われた彼は華々しい王子という立場を失い、かつて持っていた人脈すら失ってしまったのだ。「記憶のサルベージをしないなら当然そうなる。運命を失った人はそこから始まるだけだから。新たな過去を作るよりも、世界は新たな人として扱うでしょうね」 やっぱ俺は悪人かもしれないな。 一人を救おうとして一人を路頭に迷わせる決断ができるのだから。これからあと何人が俺の犠牲になるのだろう。「あと確認だけど、時空術士は構わないの? フィンが持つジョブは最高峰だけれど……」 ここでシエラから別の話題がある。 それは俺だって気になっている。何とか騎士学校へ入ってくれないかと考えていたけれど、結局のところ彼は現れなかった。「な
翌日は基礎的な訓練に終始していた。 グランドを走り回る剣術科を見ていると気の毒にも思えるほどだ。 対して俺たち魔法科はひたすら基礎魔法を唱え続けるだけだった。しかし、夕暮前に訓練が終わり、俺はレザルの街へと向かうことにしている。 やはり女神様の意見を聞きたく思って。俺の独断が正解かどうなのかを知りたかったんだ。 男子寮をあとにした俺は待ち構えていたようなリィナと出会う。どうやら彼女は俺を呼んでもらおうとしていたみたいだ。「どうした?」 俺が声をかけると、リィナは頷きを返す。冴えない表情から予想すると、好ましい話ではないだろうな。「殿下、夕食のあと時間ありますか? 少しお話が……」 ひょっとしてフィオナとキスしたことが早くもバレてしまったのかもしれない。そのうちに俺から切り出そうと考えていたのだけど。「今じゃ駄目か?」「込み入った話ですし。夜八時に魔道殿の裏でお待ちしております」 言ってリィナは去って行く。 嫉妬に任せて怒鳴りつけに来たのかと思えば、彼女はあっさりと立ち去っている。「ま、俺から説明しておくべきだな……」 隠し事は良くない。リィナは俺にゾッコンで、更には嫉妬深いとくる。知られる前に伝えておかないと。 リィナが去って行ったので、俺は一人で聖堂へと向かう。 北東の街レザルはお世辞にも賑わった土地ではない。基本的に農業が盛んなエリアであり、思わず元実家であるグリンウィードを思い出してしまうほどだ。 俺は七柱女神像の前に跪き、いつもと同じように祈りを捧げていた。「うふふ、おはよう。青の君……」 脳裏に現れたのはシエラだった。 もう夕暮前だというのに、おはようはないだろうがよ。「もう、こんばんはだ。お前は怠惰の女神だったか?」「私は尊き青の女神ですの。いつ何時も愛しき貴方のために存在していますわ」「よく言うぜ。さっきまで寝てたくせに……」 起きている時間ならシエラが出てくると考えていた。だか







